鴨川と御土居の関係──まいまい京都@御土居その2
前回は導入ということで、御土居とはなんぞや、を説明しました。
というわけで、今回から旅のレポートです。
旅の始まりは、加茂川中学前の紫竹御土居からです。
御土居の北東の角でございます。
手前には若狭川が流れている。
位置的には御土居の外側。
もしかすると御土居の堀跡がベースになっているのかもしれない。
ちょうど北東の角っこ。
ちゃんと角が残っているのです。
奥に見えるのは父親の母校、加茂川中学の校舎。
ちょうど角っこに立つ巨木。
御土居の要には必ず巨木が立っているらしい。
もちろん、こいつも御土居が現役の頃から立っている木です。
御土居の東側のすぐ外を流れる鴨川の土手へ移動。
先ほどの若狭川の流れがやってきて、
鴨川に合流。
鴨川の堤防は、御土居が現役のころは、西岸(御土居側)にしかなくて、東岸の上賀茂神社周辺は、洪水が大変だったらしい。
御土居の内外の差が、そんな形で現れております。
少し西に移動しまして、北辺の一部。
その裏側。
結構最近まで、この辺りも御土居跡だったのに、建設業者が史蹟指定を無視して、住宅を立ててしまったそうです。なんてもったいない!と参加者全員で憤慨。
かの有名なタモリこと森田一義さんもおっしゃっておりました。
「地形は変えられない。変えても土地が覚えている」と。
まさに、この場所はそれを表しております。
さて、御土居にそって、街歩きを進めていきましょう。
そんな、地形は変えられないことを、さらに感じさせてくれた話は次回へ。