ちーさんのイイネあつめ

世界中のイイネを求めて

【創作】緑と白のワルツ──のべらっくす第8回

今月もやって来ました。この企画の時期が。

novelcluster.hatenablog.jp

 

今回のテーマは「緑」
毎回、自分でサブテーマ的なのを決めるんだけれど、今回は何を思ったのか蛙。
でも、蛙いらんかったレベルにみどりみどりした話になりました。
久々にファンタジー系世界で書きました。

 

本編は続きからどうぞ。

 

 

「緑と白のワルツ」

 給仕の青年から緑色の液体が入ったカクテルグラスを受け取ると、少年はパーティー会場の中心を離れ、壁に背をもたせかけた。
「ふぅ……」
 手にした飲み物を口に含めば、独りでにため息が漏れる。中身は未成年である少年を考慮してキウイジュースだ。今夜はもう五杯目で、そろそろ飽きてきたのだけれど、どう足掻いても数あるアルコールを分けてはもらえないだろう。ドリンクは給仕に頼むしか無いが、ここの給仕は全員、彼が未成年なことを知っている。
 退屈だった。普段の貴族たちとの舞踏会であれば、勉学を理由に欠席することもできたが、今日は白国の王族方がいらっしゃっている特別なパーティーだ。もてなす側である緑国皇子グリューンが、さすがに欠席というわけにもいかない。皇太子である兄が出席すれば問題ないと突っぱねたのに、そういう問題ではないと、父に言い含められてしまった。
 その父は遠くにあることさら豪華な椅子に座って、白国の国王と何やら楽しげに談笑している。兄もその近くで白国皇太子と酒を酌み交わしていた。
 グリューンは、大人の輪に入る気分になれず、壁際でずっとジュースをすすり続けている。時折近くを通る貴族が、物珍しそうに声をかけてくるけれど、どいつもこいつも愛想笑いを浮かべて適当な返答しているうちに、別の場所へと去っていった。頭はよくても人付き合いには難ありな子供。そう思われているほうがラクだから、敢えてそう見えるように振舞う。兄が元気に健在なうちは、政治的な立場が強くなることもないから、下手に貴族のドロドロした影の攻防に巻き込まれたくはない。
 気がつけばまたグラスが空になっている。給仕にキウイジュース以外はないのかと尋ねれば、今度は白い液体の入ったグラスを渡された。どうやら、訪問者である白国に配慮したドリンクらしい。口元に近づければ、甘ったるい香りが鼻を刺激する。嫌な予感がしつつも口に入れると、思った以上の甘さが口内に広がった。キウイジュース以上に、何杯も飲むものじゃなさそうだ。退屈しのぎにすらならない。
 何か面白そうなことでもないかと会場を見渡してみたが、大人たちがせっせと社交にいそしんでいるだけで、面白みはかけらもなかった。そろそろ普段は眠っている時間になろうとしているのか、退屈もあいまって瞼が重くなってくる。だが、大人たちはこれからが本番だと言わんばかりに談笑を続けており、少なくとも父と兄が退出するか、二人のどちらかから退出の許しが出ないうちは、この馬鹿げたパーティーから退散することもできなさそうだ。
 舐めるようにお菓子みたいに甘い液体を口にする。せっかくこちらのわがままを聞いてくれた給仕に申し訳がないので、この一杯は飲み干すことにした。口の中が砂糖になってしまったみたいに甘い。いっそ、パーティーには不釣合いだが、朝食の定番の青汁でも頼もうかとも思ったけれど、こんな時間にわざわざシェフにわがままを通すのも気が引けた。気にしすぎだと、両親や兄には言われるのだが、相手にとって面倒くさい、ただ自分が得したいためだけのわがままは控えるべきだと思っている。とかく未成年の間は迷惑をかけることが多いのだから、自分からわざわざ迷惑をかける必要もない。どうせ一杯の青汁ごときでは退屈しのぎにもならなくて、その苦味に余計と憂鬱になるだけだろう。
 「「はぁ」」
 思わず漏れたため息が、誰かと重なった。
 気づけば、少し離れた壁に、少女がもたれかかっている。その透き通るような白い瞳と目があった。
「あなた、第二皇子の……」
「第二皇子、グリューンです。ブラン王女」
 面倒な人物と絡むことになってしまった。そう思いながらも、グリューンはそれをおくびにも出さずに、名乗って略式で一礼。それに習って、王女も小さく礼を返す。さすがというかなんというか、動作が一つの舞みたいに洗練されている。長く白い髪が明かりに照らされて銀色に煌めいた。
「お飲み物は口に合いましたか」
 王女の手元に自分が手にしているのと同じ白い液体が入ったグラスを見とめて尋ねる。良い会話のネタがあったものだ。
「さすがに、本国の味には劣ってしまいますが、材料を入手するのも困難な遠いこの地で、この味が楽しめるとは思ってもみなかったので、素直に感動しましたわ」
 感動した、という割に王女の表情は動かない。嘘を言わずに当たり障りなく褒めるにはこういうのが定番。それを口にしただけという印象だ。
 とはいえ、皇子は特別不快には思わなかった。自分とてそれは変わらない。なんとか当たり障りなくこの会話を切り抜けたいというのが本音だ。変なことを言って、国際問題に発展しても困る。
「グリューン皇子は躍らないのですか」
 王女の白く艶めく腕が、パーティー会場の中央を指し示す。見れば、楽団の鳴らすワルツに合わせて踊る兄の姿があった。相手は皇太子妃候補ナンバーワンと目される貴族の娘だ。その隣では、白国皇太子も別の貴族の娘の手を取り、溢れんばかりの笑顔で踊っている。
「相手選びに気を使いますので遠慮しておきますよ。兄と違って、私にはまだ決まった相手というのもおりませんし。わざわざ貴族たちへ争いの種を蒔くこともないでしょう」
 踊りは嫌いではない。幼い頃、指導の先生に兄よりも筋がいいと言われた。それで兄が癇癪を起こして以来、兄の前では躍らないことにした。けれど、それを王女に教えてやる筋合いもない。
「そうですか」
 納得したのか、そうでないのか、平板な声で呟くと、王女は手元のドリンクを口にする。そのまま二人とも無言になった。周囲の大人たちは、自分たちの会話に夢中なのか、二人には気づいていないようだ。
「……退屈ですわ」
 無表情のまま、王女が呟く。
「まぁ、退屈ですね」
 肩をすくめながら、皇子も同意する。
「何か面白いことはできませんの」
 そう王女は続けたが、その口調からはあまり期待していない様子がうかがえた。眠たげに小さくあくびをして、目をしばたたかせている。
 他国の王女様に何かあって、面倒なことになっては堪らない。けれど、確かに皇子も退屈な舞踏会に心底飽き飽きしていた。
「ならちょっと、抜け出してしまいますか」
 いたずらげに提案すると、王女は目を丸くして、聞きとがめられたら大変だというように左右を見回した。
「いいの、でしょうか」
 不安と期待に瞳を揺らしながら、ブランが尋ねる。先ほどまでの無表情とは全然違う。なんだか楽しくなってきた。
「大人の社交場は、未成年には退屈ですから、私が城を案内していた、あとでそう言えば、お咎めはありませんよ」
 今ふと思いついた言い訳だが、我ながらなかなかのナイスアイデアだ。下手なことをできない相手が一緒とはいえ、この会場を離れられるならば、願ったりだ。
「さぁ、ブラン姫。お手をどうぞ。このグリューンにお任せください」
 ことさら仰々しく膝をついて手を差し出すと、おっかなびっくり王女がその手を取る。その手をしっかりと握り直すと、誰かに見咎められる前に、皇子は颯爽と近くの扉から王女を連れ出して、抜き足差し足で城内の長い回廊を進み始めた。
「……ねぇ、グリューン皇子。どちらに向かっていますの」
 迷いなく城の中を進む皇子の後ろにつきながら、王女が尋ねる。見知らぬ城の中ということもあってか、その声からは微かに不安の色が感じられる。
「せっかくの機会ですからね。私のとっておきの場所にご案内しますよ」
 ことさら明るくそう答えても、王女はまだ不安そうだった。まぁ、あそこに連れて行けば、喜んでくれるだろう。心の中でほくそ笑みながら、皇子は先を急いだ。

/

「どうぞ、こちらです」
 そう言って、裏口の扉を開く。ここは皇子専用の庭になっていて、国王や皇太子はおろか、使用人ですらほとんど中に入ったことのないプライベートガーデンだ。もちろん、他国の人を中に入れるのは初めてで、緊張からか皇子は体が汗ばんでくるのを感じていた。満足してもらえるといいのだけれど。
「それでは、遠慮なく」
 皇子の胸の中の心配にはまったく気づかない様子で、王女は恐る恐る扉の外へと足を踏み入れた。
「わぁぁぁ」
 感嘆の声が響き渡る。
 寝室くらいの狭いスペース一面にクローバーが生い茂り、ところどころシロツメクサの花が風に揺れていた。緑と白のコントラストが、月明かりの下で風をリズムに踊っている。
 思わずといった様子で、王女はそのクローバーの中に駆け込むと、シロツメクサの花のように、緑の中でくるくると踊り始めた。ブラン姫の白いドレスが、緑の絨毯の上でひらひらと揺れる。緑ばかりの緑国。その中に舞い降りた一輪の白い花。
 気づけば、皇子はその姿にすっかりと見惚れてしまっていた。赤でも黄でも青でもない。白の国の姫君だからこそ、こんなにも美しい。このまま絵画にして自室に飾りたい。そう考えてしまうほど、その姿は幻想的だった。
「皇子、あなたもご一緒にいかがですか。パーティー会場からかすかにワルツの音が聞こえてきますの」
 すっかり頬を紅潮させ、興奮した様子で王女は、皇子に手を差し出す。
「女性からダンスを誘われてしまうとは……」
 そう言いながら、グリューンはブランの手を取ると、
「それでは、エスコートは私にお任せください」
 王女の返事も待たずに、くるくるとクローバー畑の中を踊り始めた。
 二人のダンスを応援するかのように、 心地よい風が肌をなでつける。
 城の近くの森の木々が、さわさわと囁いている。
 蹴りあげたクローバーとシロツメグサが宙を舞い、野鳥の声が音楽になる。
 気づけば、二人はクスクスと笑い合っていた。
 こんなに楽しいことが今まであっただろうか。
 第二皇子として生まれ、世継ぎとしての期待は全て第一皇子の兄に注がれ、自分はただのおまけに思えた。それでも、皇子というだけで、普通の子どもみたいな遊びはさせてもらえなかった。同い年の友達は誰一人いなかった。
 それが、今この瞬間は、こんなにも愉快だ。
「おや、ブラン姫。ウサギの耳が隠せていませんよ」
 いつの間にか、王女の方は变化を保てずに、その頭からフサフサの白い耳が飛び出している。なるほど、白国の王族はうさぎの系統だったのか。とさして興味もなく思う。
「あら、グリューン皇子の方こそ、手が水かきになっていますわ」
 ぎくりとなって、皇子は自分の両手に目をやる。確かに、王女の指摘通り、变化が解けて、元の姿の手があらわになっている。何たる失態だろう。緑国はカエルの系統だ。本来の姿であるカエルを好ましく思わない他国民も多い。そのせいか、賓客が来ている時はいつも以上に気をつけるようにと言明されていたのに。それが、このざまだ。
「これは失敬」
 すぐさま意識を集中して人の手に戻す。手がつかみにくいと思ったら、まさか变化が解けているとは思わなかった。
「いいえ、こちらこそ」
 王女がすました顔で応じる。いつの間にか頭からウサギの耳が消えている。
 なぜだろう。王族としては互いにかなりの失態だというのに、なぜだか笑えてきた。王女も同じなのか、二人してさきほどよりも大きく笑ってしまう。
「続けましょう。まだ、お父様たちも眠りについていないみたいですから」
 耳をすませば、まだパーティー会場から曲が聞こえてくる。
「そうですね」
 そうして二人はクローバー畑の中で踊り続けた。

 クルクル。クルクル。

 緑と白は風に乗って踊り続ける。

 クルクル。クルクル。

 

 

裏にはいろいろ設定があるのですが、そのあたりは喋らずにおきます。
5000字には全然出しきれなかったよ!
いつかこの設定で長編書きたいかもかも。

今回はやたらシュールからの夢オチという定番のコースしかネタが浮かばず、夢オチやだなー、と思ってたら、ファンタジックな話が降ってきました。

抽象的なテーマは幅が広くて面白いです。