御土居と被差別部落──まいまい京都@御土居その8【終】
ようやく今回で終了です。長かった御土居シリーズ(汗)
(前回まではこちら。
その1、その2、その3、その4、その5、その6、その7)
おやつも食べて元気いっぱい。
てことで、旅の続きをどうぞ。
鷹峯街道沿いのセブンイレブンの横にある立て看板。
江戸時代はこのあたり一帯、薬草園だったそうです。
当時の井戸のあと。
セブンイレブンから少し路地に入ったところの住宅の軒先(笑)
ちゃんと現存してるのに、管理してあげて!
鷹峯街道を少し離れて、御土居の西側へ。
なかなかの高さで残ってますなぁ。
御土居現役時代には番所があった場所に休憩所。
京都市の粋な計らい?(偶然かしら)
西側の御土居の外にある紙屋川。
土手に建つ家々は、朝鮮人集落。
本来は川の河川敷なので不法に居住し始めたのがそのままらしい。
御土居の外というのが、当時の内外の扱いの差を感じます。
川が氾濫すると一気に家に水が流れ込む場所ですし。
そんなわけで、さらに南に歩きまして、ゴール地点。
「人の世に熱あれ、人間に光あれ」
かの有名な部落解放運動団体、全国水平社の水平社宣言発祥の地がこちら。
千本北大路北西の楽只地区。石碑が住宅街にひっそりと佇んでいます。
今年、世界記憶遺産の候補にもなったそうです。
部落差別、過去のこととして忘れ去らずに、反面教師にしていきたいですね。
さて、最後はちょっとしんみりしてしまいましたが、
これにて御土居シリーズ完結です。
長々とありがとうございました。